大阪地方裁判所 平成8年(ワ)8584号 判決 1997年7月24日
甲事件原告
光田二郎こと鄭基太
ほか一名
被告
日新火災海上保険株式会社
乙事件原告
光田二郎こと鄭基太
被告
湖北通運株式会社
主文
一 甲事件被告は、甲事件原告らのそれぞれに対し、二〇九九万二六三〇円及びこれに対する平成六年六月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告は、乙事件原告に対し、九一万九〇〇〇円及びこれに対する平成六年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 甲事件原告ら及び乙事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は甲事件・乙事件を通じてこれを三分し、その一を甲事件原告ら及び乙事件原告の、その余を甲事件被告及び乙事件被告の負担とする。
五 この判決の第一、第二項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 甲事件被告は、甲事件原告らのそれぞれに対し、三〇〇〇万円及びこれに対する平成六年六月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件被告は、乙事件原告に対し、二二九万七五〇〇円及びこれに対する平成六年二月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、甲事件・乙事件原告鄭基太(以下「原告基太」という。)が所有し、光田利生こと鄭利生(以下「利生」という。)が運転し、光田秀生こと鄭秀生(以下「秀生」という。)が同乗する普通乗用自動車が、乙事件被告(以下「被告湖北通運」という。)が所有し福永好順(以下「福永」という。)の運転する大型貨物自動車と衝突した事故に関し、これにより利生及び秀生が死亡したとして、同人らの父である原告基太及び母である甲事件原告正裵子(以下「原告正子」といい、原告基太とあわせて「原告ら」という。)が、右大型貨物自動車について被告湖北通運との間で自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約を締結していた甲事件被告(以下「被告日新火災」という。)に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)一六条に基づき、保険金の支払を求めた事案(甲事件)及び原告基太が、右事故により右普通乗用自動車を損傷させられたとして、福永の使用者である被告湖北通運に対し、民法七一五条に基き損害の賠償を求めた事案(乙事件)である。
一 争いのない事実等
以下の事実のうち、1、2、4、5は当事者間に争いがない。3は甲第一一号証の一及び弁論の全趣旨により認めることができる。
1 平成六年二月七日午前二時一五分ころ、滋賀県長浜市加田町五八三番地先の交差点(以下「本件交差点」という。)付近で、原告基太が所有し利生が運転する普通乗用自動車(滋賀三三つ一〇一九、以下「原告車両」という。)と、福永が運転する大型貨物自動車(滋賀一一き一八六四、以下「被告車両」という。)が衝突する交通事故が発生した。
2 本件交差点は、南北道路と東西道路が交差する十字型の交差点で、信号機が設置されているが、本件事故当時は信号機による交通整理は行われておらず、南北道路側の信号機は黄色点滅、東西道路側は赤色点滅の状態であった。
3 利生及び原告車両に同乗していた秀生は、本件事故により死亡し、右当時、原告基太、原告正子はその両親であり、他に利生及び秀生の相続人はなかった。
4 被告湖北通運は、本件事故当時、被告車両を所有して自己のために運行の用に供しており、被告車両につき、被告日新火災との間で自賠責保険契約を締結していた。
5 福永は、本件事故当時、被告湖北通運の従業員であり、被告湖北通運の業務の執行として被告車両を運転していた。
二 争点
1 福永の過失
(原告らの主張)
福永は、原告車両を認めながら本件交差点を漫然と右折進行しており、本件事故は福永の過失によるものである。
(被告日新火災・被告湖北通運の主張)
本件事故は、福永が被告車両を運転して本件交差点を西から南へ向けて右折を完了し、南北道路を南へ向かって進行加速中に、時速一〇〇キロメートルを優に超える速度で暴走してきた原告車両に追突されたというもので、利生の一方的な過失によって発生したものである。
2 原告らの損害
3 過失相殺
(被告日新火災・被告湖北通運の主張)
本件事故の発生には利生にも過失があるから、利生について生じた損害には過失相殺がされるべきである。
(被告日新火災の主張)
利生と秀生とは兄弟であり、同居し、職業も同一であり、しかも原告車両については利生、秀生とも運行供用者であり、利生と秀生とは身分上、生活上一体をなしていると認められるから、利生の過失を秀生の過失として斟酌すべきである。
4 好意同乗減額
(被告日新火災の主張)
本件事故当時、利生は飲酒のうえ原告車両を運転していたところ、秀生は利生とともに飲酒し、利生が酩酊状態であることを知りながら原告車両に同乗しており、秀生に生じた損害について相当の減額がされるべきである。
第三当裁判所の判断
一 争点1(福永の過失及び過失相殺)について
1 乙第一号証、第四、第五号証、検乙第一号証の一ないし九、第二号証の一ないし八、第三号証の一ないし二七及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、本件事故現場付近は照明のためやや明るく、路面は乾燥し、交通は閑散であったこと、本件交差点の南北道路は幹線道路(国道八号線)で制限速度が時速五〇キロメートルと指定されていたこと、福永は、本件事故当時、被告車両を運転して、本件交差点を西から南へ向けて右折進行しようとし、対面する信号機の表示が赤色点滅であったため本件交差点西詰の停止線で一時停止したところ、本件交差点から北へ約三一五メートル離れた場所に設置されていた水銀灯より外側に原告車両の前照灯を認め、原告車両の車種や速度については確認しなかったものの、それまでの運転経験から安全に右折できると考えて右折を開始したこと、福永は、右折のために被告車両を発進させた後は原告車両を見ておらず、被告車両が南北道路に入り南向きになった付近でゴーという異音を聞き、そこから約二四・六メートル進行して停止したこと、その際、原告車両は被告車両の後尾荷台左下部に車首を突っ込むようにして停止しており、その後まもなく原告車両が炎上しはじめたことが認められる。
2 乙第六号証には、本件事故当時原告車両の速度は時速約一〇〇キロメートルであったとの記載がある。しかし、右速度は、衝突した車の破損量からそのエネルギー吸収量を計算し、それを基にして追突速度を計算したものであり、ある程度の誤差があると認められるから、これを控え目に考えて、原告車両の本件事故当時の速度は時速八〇キロメートル程度の速度であったものと認めるのが相当である。
3 以上によれば、本件交差点の南北道路側は信号機が黄色点滅の状態であったとはいえ幹線道路であり、南北道路を進行する車両が漫然と走行してくることは予想できたといえ、被告車両は、加速の鈍い大型貨物自動車であったのであるから、福永としては、原告車両の存在に気付いていた以上、原告車両の動静により一層注意し、右折開始後も原告車両に注意し必要に応じていったん停止するなどの措置をとっていれば、本件事故は回避できたというべきであり、本件事故は福永の過失によって発生したものというべきである。
二 争点2(原告らの損害)について
1 利生の損害
(一) 逸失利益 三八九二万六三〇五円(請求三八九二万九八九九円)
甲第二号証の一、第三号証の一ないし一四、第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし七、第六号証の一ないし六、第七ないし第一〇号証、第一一号証の一及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、利生は、二〇歳であり、原告基太が経営していた廃棄物処理業を営む光田産業に運転手として勤務し、平成五年には三二六万七〇〇〇円の収入があったことが認められる。そうすると、利生は、本件事故に遭わなければ、少なくとも六七歳に至るまでは就労して右収入を得ることができたと認められるから、右から利生の生活費として五割を控除したうえ、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、利生の死亡による逸失利益は三八九二万六三〇五円となる。
計算式 3,267,000×23.83×(1-0.5)=38,926,305
(二) 慰藉料 二〇〇〇万円(請求どおり)
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、利生が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二〇〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。
2 秀生の損害
(一) 逸失利益 三七八六万八四〇〇円(請求三七八七万八四四八円)
甲第二号証の二、第三号証の一ないし一四、第四号証の一ないし五、第五号証の一ないし七、第六号証の一ないし六、第七ないし第一〇号証、第一一号証の一及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、秀生は、一九歳であり、前記の光田産業に運転手として勤務し、平成五年には三一四万円の収入があったことが認められる。そうすると、秀生は、本件事故に遭わなければ、少なくとも六七歳に至るまでは就労して右収入を得ることができたと認められるから、右から秀生の生活費として五割を控除したうえ、右期間に相当する年五分の割合による中間利息を新ホフマン方式により控除すると、秀生の死亡による逸失利益は三七八六万八四〇〇円となる。
計算式 3,140,000×24.12×(1-0.5)=37,868,400
(二) 慰藉料 二〇〇〇万円(請求どおり)
本件に顕れた一切の事情を考慮すれば、秀生が本件事故によって受けた精神的苦痛を慰藉するためには、二〇〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。
3 原告らの損害
(一) 利生の葬儀費用 一〇〇万円(請求どおり)
弁論の全趣旨によれば、原告らは、利生の葬儀を行い、そのために一〇〇万円を下らない費用を支出したものと認められる。
(二) 秀生の葬儀費用 一〇〇万円(請求どおり)
弁論の全趣旨によれば、原告らは、秀生の葬儀を行い、そのために一〇〇万円を下らない費用を支出したものと認められる。
(三) 車両損害 四一九万五〇〇〇円(請求どおり)
甲第一二号証、検乙第二号証の一ないし八及び弁論の全趣旨によれば、本件事故により原告車両は全損となったこと、本件事故当時の原告車両の時価は四一九万五〇〇〇円であったことが認められる。
三 争点3(過失相殺)について
1 乙第一号証、第二号証の一、二、第四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告車両には、車体の横や後ろに反射板等が取り付けられていたこと、原告車両には被告車両との衝突前にブレーキをかけた形跡がなかったこと、本件事故当時、利生は血中アルコール濃度が血液一ミリリットルにつき二・〇三ミリグラムの状態であったことが認められるところ、右事実及び前記一の事実に照らせば、本件事故は、利生が前方を注視しかつ適切な運転をしていれば、本件交差点で被告車両が西から南へ向けて右折進行中であったのを容易に発見し被告車両との衝突を容易に回避できたのに、本件事故当時、飲酒のうえ原告車両を運転し、本件交差点に進入するに当たり対面する信号機が黄色点滅であったのに、他の交通への注意を欠いたばかりか、かえって、制限速度を約三〇キロメートル上回る時速約八〇キロメートル程度の速度で漫然進行し、ブレーキをかけあるいはハンドル操作をするなどの適切な措置をなんら講じなかったために被告車両に衝突したというものであると認められるから、本件事故の発生には利生にも八割の過失があるというべきである。したがって、利生について生じた損害から過失相殺として八割を控除するのが相当である。
2 甲第二号証の一、二、第一一号証の一及び弁論の全趣旨によれば、利生と秀生とは兄弟であり、本件事故当時同居していたことが認められる。しかし、前記のとおり、利生、秀生とも光田産業に運転手として勤務し、別個に収入を得ていたのであるから、利生と秀生とは経済的には相互に独立していたというべきであり、単に兄弟で同居していることのみをもって当然に利生と秀生とが身分上、生活上一体をなしているということはできないし、他にこれを認めるに足りる事情は見当たらない。よって、利生の過失を秀生の過失として斟酌すべきであるとする被告日新火災の主張は採用できない。
三 争点4(好意同乗減額)について
乙第四号証、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、本件事故当時、秀生は、藤田敦史、中村未央とともに利生の運転する原告車両に同乗して滋賀県長浜市内所在のカラオケ店からの帰宅途中であったことが認められる。そして、前記のとおり、利生は、本件事故当時血中アルコール濃度が血液一ミリリットルにつき二・〇三ミリグラムの状態であったことからすれば、秀生は、本件事故当時、利生が飲酒し、正常な状態で原告車両を運転することができないおそれがあることを認識して原告車両に同乗したものと推認され、民法七二二条二項を類推して、秀生に生じた損害からその三割を控除するのが相当である。
四 結論
1 前記二1のとおり利生の損害は五八九二万六三〇五円となるところ、右より過失相殺として八割を控除すると残額は一一七八万五二六一円となり、原告らは、右について利生が被告日新火災に対して有する保険金請求権を相続により二分の一ずつの割合で取得したものと認められ、その額は原告ら各自につき五八九万二六三〇円となる。また、弁論の全趣旨によれば、原告らは前記二3(一)の費用を二分の一ずつの割合で負担したものと認められるところ、利生の過失を被害者側の過失として右より同じく八割を控除すると残額は原告ら各自につき一〇万円となる。右合計は、原告ら各自につき五九九万二六三〇円となる。
2 前記二2のとおり秀生の損害は五七八六万八四〇〇円となるところ、右より好意同乗減額として三割を控除すると残額は四〇五〇万七八八〇円となり、原告らは、右について秀生が被告日新火災に対して有する保険金請求権を相続により二分の一ずつの割合で取得したものと認められ、その額は原告ら各自につき二〇二五万三九四〇円となる。また、弁論の全趣旨によれば、原告らは前記二3(二)の費用を二分の一ずつの割合で負担したものと認められるところ、秀生の好意同乗の事情を考慮して右より同じく三割を控除すると残額は原告ら各自につき三五万円となる。右合計は、原告ら各自につき二〇六〇万三九四〇円となるから、原告らは、各自の請求額である一五〇〇万円について、被告日新火災に対し保険金の支払を求めることができる。
3 前記二3(三)のとおり、原告基太は本件事故による車両損害として四一九万五〇〇〇円の損害を受けたところ、本件事故当時の運転者であった利生の過失を被害者側の過失として右より過失相殺として八割を控除すると、残額は八三万九〇〇〇円となる。乙事件の性格及び認容額に照らせば、弁護士費用は八万円とするのが相当であるから、右にこれを加算すると、九一万九〇〇〇円となる。
4 そうすると、原告らが、被告日新火災に対し、本件事故に関し自賠責保険金の支払請求を遅くとも平成六年六月一〇日までにしたことは当事者間に争いがないから、原告らは、被告日新火災に対し、それぞれ二〇九九万二六三〇円及びこれに対する保険金請求より後の日である平成六年六月一一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
また、原告基太は、被告湖北通運に対し、九一万九〇〇〇円及びこれに対する本件事故の日である平成六年二月八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 濱口浩)